漫ろ歩き

小説のようなものを書きます

それははじめてのことで

友達は趣味で詩を書いていた。その日あった出来事、その日の空模様、道端に落ちていた鉛筆の色、グランドに忘れられた運動帽。日常の他愛ない出来事や物を詩にしたためては、私の席へやってきて見せてくれた。私は授業の合間に学習ノートを抱えて駆けてくる(…

事故死だった。 生前のうち「死んだ後は何も無いが有るのだ」なんて友人とふざけて言い合った私は、まさに今その解と対峙している。私は私の死体が救急車に乗せられたのを見届け、その場を去る。移動距離に制限がある訳でも無いらしい。手を握る。感触はしな…

修理の日です

朝、いつもより早めの時間に目が覚める。太陽も私もまだ眠気眼で、部屋は薄暗い。カーテンを開けても開けなくても同じだろうと安易に想像出来た。手を伸ばし、スマホで時間を確認する。5時23分。尋常じゃない程の睡魔に襲われているのも納得の時間だ。そもそ…

カラスのような男

昔から風呂が嫌いだったその友人は、決まって全身黒ずくめで待ち合わせにやって来た。春の麗らかな陽気に誘われ「博物館に行こう」と彼に連絡した日も、帽子からTシャツからズボンから全てを黒一色でコーディネートしていた。 「お日様暑くないか?」 「別に…

虹色の鹿

胃の内容物全てをぶち撒けられるように吐いた。正確には、嘔吐いただけでそれに伴う筈の吐瀉物はそこに無かった。激しく上下する肩や顎を伝う汗は落ちても、固形物やら液体やらは私の喉から一向に姿を現さなかった。荒く息を吐くだけで動揺する脚とは裏腹に…